代表 野中秀明について

東京都出身。1993年東京外国語大学外国語学部ロシア語学科卒業。卒論はロシア宗教哲学(「ソロビヨフと現代」)。同年、株式会社大和総研入社、国際調査部に配属。

1995年より「ロシア極東ベンチャーファンドプロジェクト」のメンバーとなり、ウラジオストクを拠点に、プロマネとして3件のベンチャー投資を実施。投資先3社の経営指導が、経営コンサルタントしてのデビュー。あわせて、ウラジオストク事務所のロシア人ローカルスタッフの指導、事務所管理も行い、マネージャーとしての経験も積む。

2000年より新設の経営コンサルティング部に配属。同部署での最初の仕事は、2件の社内新規事業。ひとつは「日系企業中国進出コンサルティング」、もうひとつは「社内新部署立ち上げ」。このプロジェクトを通じ、新規事業運営のノウハウを習得する。

2000年、米国公認会計士に合格。イリノイ州でcertificateを取得(その後、継続教育を受けていないので、いまは「米国公認会計士」とは名乗れない)。

経営コンサルティング部では、様々な業界・規模の企業に対し、経営戦略立案、経営計画策定と実行支援、管理会計制度構築、業務改善、営業部門強化、マーケティング戦略立案、新規事業計画立案と実行支援、人事戦略立案などのコンサルティングを実施。プロマネ経験は多数。業界・企業規模・テーマを問わない、オールラウンドプレーヤーな経営コンサルタントとなる。

2005年、大和証券グループのエヌ・アイ・エフSMBCベンチャーズ社(現称:大和企業投資社)に出向。投資先のサービス系企業に対し、ハンズオンスタイルで、管理会計制度構築と営業改革のコンサルティングを実施。その後、同社の社外取締役も経験。現在の「経営の真の課題は現場にある、その解決策も現場にある」という信条は、この仕事で確固たるものとなる。

2009年、大和総研上海現法の副総経理となり、日系企業の中国進出支援のコンサルティングに従事。上海での、仕事やプライベートにおける数多くの外国人との出会いから、「自分は真のグローバル人となる」との決意を固め、2012年3月、大和総研を退職。

2012年4月、個人の経営コンサルティング事務所「中小企業応援事務所」を設立。「疲弊した社員、途方に暮れた社員を必ず戦力にする!」をミッションに、中小企業・中堅企業・ベンチャー企業向けに様々なコンサルティングサービスを提供している。

趣味(リラックス方法)は、ピアノトリオを聴きながら純文学を読むこと。上海転勤で中断しているピアノレッスンも、早く再開させたい。それから、声楽と油彩も習いたい。

野中秀明

東京下町生まれの東京下町育ちですが、父は福島の山奥出身、母は山形の山奥出身で、DNAは東北人です。両親とも中学を出てすぐに上京したため、人並の給料の職にはつけず、家は常に貧乏でした。貧乏でも、明るく楽しい性格に育ててくれた両親、大学まで出してくれた両親には感謝しきれません。そんな両親を湯布院に連れていってあげるのが、いまの最大の夢です。

1989年、東京外国語大学外国語学部ロシア語学科に入学(なぜロシア語を選んだのかは、長くなるので、お会いしたときにお話します)。ロシア語の勉強というよりは、学園祭の準備のために大学に行っているような大学生活、とても楽しかったです。でも、ロシア宗教哲学について書いた卒論は、担当教授から激賞されました。

1993年、経済音痴・金融音痴にもかかわらず、なぜか株式会社大和総研に入社。「これで僕もテレビに出てカッコイイコメンテーターになれる!」と思っていたら、仕事は泥臭いものばかり。1995年から「ロシア極東ベンチャーファンドプロジェクト」のメンバーになり、ウラジオストクを拠点に仕事を始めました。毎日、東京から「仕事が遅い!」と叱られ、ロシア人たちからは馬鹿にされ、泣きたくなるような日々でしたが、歯を食いしばって、プロマネとして3社のロシア企業にベンチャー投資を実施。このロシアの経験が、後の人生の糧となりました。

2000年から、経営コンサルティング部に配属。経営コンサルタントとしてのデビューは、2件の社内新規事業の立ち上げでした。ひとつは、「日系企業中国進出コンサル事業」です。実績ゼロなので、営業に行ってもお客様から不評を買う毎日。「ど素人に何が分かる!」と罵倒されたこともあります。でも、めげずに100社近く営業し、1年で4案件を受注したことは、いまでも自分の誇りです。もうひとつは、社長直命のプロジェクトです。極秘プロジェクトであったので、詳細は書けませんが、経営企画部に6カ月間詰め、足をガタガタさせながら社長にプレゼンをし、結果として社内にひとつの新部署を設立させることができました。

転機は2004年。或るサービス系企業様の仕事に関与させて頂いたときです。管理会計構築、営業改革などのコンサルをやらせて頂き、その後社外取締役までさせて頂きました。3年に亘り、同社に通い詰め、現場社員の皆様と膝突き合わせて仕事をすることの充実感。自分の信条である「現場主義」は間違えていないのだ!と確信できた案件でした。

2009年から2011年は、大和総研上海現法で勤務、副総経理を務めました。一言、大変楽しく、充実した上海での日々でした。一番大きかったのは、自分の中国人観が一変したこと。中国の方って、とても優しい方が多いんですよ(この辺りも、お会いしたとき、お話しましょう)。

2012年に退職、現在、当事務所の代表をしております。

いつの日か、貴方様にお会いできることを、いまから楽しみにしております。

野中秀明